トップ > 大和田哲男さん(2009年10月11日・10月25日放送)

第1回 大和田哲男さん3

2009.10.11,10.25放送

大和田:従来の冷凍とCASの違いっていうものは、実は今まで、これが生の魚だとします。そうしますと、冷凍というマイナスの40度、50度の冷風をどんどん吹き付けます。そうしますと表面がまず凍ってきます。そうしますと未凍結の部分から水の分子移動が始まりまして、これがだんだん成長してきて、解凍したときにドリップっていう。ですから、この中の組織が壊れてしまうと。

大和田:私どものCASというものの、いわゆるパルス磁場と低周波を使いながら、水の分子を、今、私どもの実験として、医学の世界ですとマイナス15度まで水の分子が動いていると。大体食品だとマイナスの7度ぐらいまでは水の分子が動いてると。ですから、凍りたい凍りたいっていうものを凍らせない凍らせないってCASが動いているんです。それで、あるところで瞬間的に凍りますから、水の分子移動がないと。ですから非常においしくなるという。

菅原:すごいことですね。磁気とか低周波によって、いわゆる磁界のフィールドを作って、そのフィールド全体が微弱振動している中で、結局そこのスピンの大きな水が小さな水に、どんどん小さくなってって、小さくなって粒がそろうとグルグル回っていくという。水がすごく振動して動いているわけですよね。だから動いている水は凍らないという理論になると思うんですけど。

大和田:やはり最終的には水の管理っていうのが一番大事だっていうところで。

菅原:そうなんですよね。水っていうのは意外と分かられてないっていうか。これがH2Oで、ここのところは水素結合ですよね。

大和田:はい。

菅原:ですから、H2Oがいっぱい集まって大きな粒をしてたり、真ん中にはもっと5個ぐらいのがあったり、30個のがあったり。普通では自由水っていうのは割りかし大きな水で、結合水っていうのは、食品でも人間の細胞でも、細胞のすぐ近くで守ってる水だから、大体5~6個ぐらいと普通いわれてて、これとこれの二重構造が食品だったり、人間の体なわけですよね。

大和田:そうですね。

菅原:今おっしゃってるCASシステムを使うと、こっち側がみんなこっち側に変わって、それがまたグルグルスピンをしながら、エネルギーを持ってる結合水にほとんどが変わると。

菅原:本当に新しいし、世界で初めてですよね。最初、特定の食品にフォーカスして、これを何とか冷凍してみようというのがあったわけですか。

大和田:最初は磁石だけを使ってやったのが、今から35年前に、生クリームが凍結すると。ですから、ちょうど日本がバタークリームのケーキから生クリームのケーキに変わったときに、実は私はそこから1つの開発を進めた。

菅原:30何年前にできたものが、その後CASになるまでに、また随分時間かかりましたね。その間は何かいろんなことがあったんですか。

大和田:25年前に私は、このケーキの機械をフランスの国立の学校へ輸出したとこから始まってんです。いわゆるミシュランの料理人の先生がこの学校で実験をやりました。そうしましたら、お菓子は確かにいいけど料理使えないと。それからまた4年、5年造れ、造れっていわれたんですが、断ろうと。お菓子の世界で生きていこうと思ってますから。

菅原:むこうから、他の食品に使えるようにしてくれっていわれたんですか。

大和田:そうです。有名な先生なんですが。ところが私は検討しますと、あいまいにお断りをしまして。そうしましたら、向こうでは造るっていうふうに取られまして、そっから、平成元年から実は料理の機械開発っていうのが始まったんです。

菅原:そのときは磁石だけじゃこれ以上は前に進めないっていうことで、他の技術もいろいろ組み合わせて?

大和田:ですから、そのときの、誘電っていう技術だったんですが、その技術を全部捨てようと。なぜかっていいますと、使えない機械に花をいくら咲かしても無理だと、ならば新しいものをつくろうと、そこから始まったと。

 

大和田哲男

1944年生まれ。菓子製造装置メーカー、食品メーカーを経て1966年6月、菓子製造機械を製造する株式会社大和田製作所に入社。1975年に「生クリーム凍結機」を開発。1989年2月、アビーインダストリー株式会社(1998年株式会社アビーに社名変更)を設立し、CASの開発を推進。2001年に最初の実用システムが完成して以降、その研究には世界中から注目が集まっている。2008年7月号の米経済誌『フォーブス』では、「ミスター・フリーズ」と題し、1920年代にアメリカで急速凍結が登場して以来の画期的な新技術としてCASが紹介された。