ーー埼玉県富士見市の小さな商店街にある、辻谷さんの工場。この場所でその砲丸が生まれています。
この工場で40年間、砲丸を作り続けている辻谷政久さん。来る日も来る日も、目の前の砲丸に神経を注いでいます。どんな業者でも手に入る、この同じような鉄の固まりが辻谷さんの手にかかると世界一の砲丸に変わるから不思議です。
これは川口市の鋳物工場から届いた砲丸の素材。辻谷さんの砲丸作りはこの鉄の固まりを削るところから始まり、このような作業工程をおよそ1週間かけて仕上げていきます。前半を三男の友考 さんが担当。そして、ここから先の工程が辻谷さんの仕事です。
つまり、友考さんと辻谷さん、2人で砲丸の形を整えながら、およそ2.5キログラム削る作業を行います。しかし、その作業は一筋縄ではできません。
辻谷:鋳物には不純物が多いってことなんです。1つ1つの目方がみな、違っちゃう。
ーー鋳物工場ではこの鋳型に鉄、青銅、鉛などの金属を流し込んで、砲丸の素材を作ります。
流し込んでしばらくすると、中に含まれた空気の泡は軽いので、上の方へ集まります。
そのため、冷えて固まった鋳物は上の方が密度が低くなるため軽くなり、下の方は密度が高くなり重くなります。さらに、鋳物にはたくさんの不純物が混ざっています。こうしてできた素材が辻谷さんの工場に届くのです。
しかし、このまま削ってしまうと、左右の重さが違うので、重心が真ん中からずれた砲丸になってしまいます。
そこで、辻谷さんの職人技が光ります。辻谷さんは重心を真ん中に置くために、重い方をより多く削り、軽い方の削る量を少なくして、バランスをとっていきます。誰にも手を触れさせないという最終工程の仕事を拝見させていただきました。
ーーまず、最初は辻谷さんの目に注目です。一点を見つめ、ゆっくりと右手と左手のハンドルを同時に動かしていきます。驚いたことに、辻谷さんは削られている砲丸をまったく見ていません。一体、どうやって判断しているのでしょうか。
男性:どこを見てるんですかね。
辻谷:見てないですね。ハンドルに伝わってくる圧力を感じとってるだけで。
ーーその圧力を感じるというハンドルがこれです。上のハンドルで前後移動、下のハンドルで左右移動。辻谷さんは2つのハンドルを操り、砲丸を削っていきます。その技術を支えているのはこの手だそうです。
辻谷:僕の場合には寝る前に角質を防ぐクリームを塗って、最初のころは手袋をして寝ましたね。それで1カ月ぐらいで手の皮、柔らかくなると、今みたいに両方、手で回してるでしょう? それに感じてくる圧力がはっきり感じとれるということなんです。
ーー手の皮を薄くなめらかにすることで、ハンドルに伝わってくる微妙な振動を感じとり、砲丸を削っていたんです。
辻谷:だから、体じゅうが仕事に合うようになってるんですよ、不思議なことに。
ーー3つ目は辻谷さんの耳に注目です。どちらが重いのかを見た目で判断するのはとても難しいのですが、辻谷さんはこれを削るときの音で判断します。音が高いほど重く、音が低いほど軽いというのです。この音、低いか高いか、分かりますか。これが高い音。つまり、素材が重く、削るところが多い部分なんです。続いて、こちらが低い音。その違いが分かるでしょうか。
辻谷:材料自体が教えてくれるんですよ、自分に。今、削ってる方は硬いよ、柔らかいよって。仕事というのは仕事に聞けっていいますよね、材料に聞けって。品物からちゃんと教えてくれます、慣れてくれば。それに合わせて削っていくわけです。自分のせがれみたいなもんですから。そういう気持ちで作らないと、満足な物はできないんですよ。ただ、仕事してるっていうだけだと。みんな、そうじゃないのかしら。
ーー自分の息子と語る、辻谷さんの砲丸。そんな砲丸が世界じゅうのアスリートから賞賛を受けているのです。しかし、ここまで来るのには、たくさんの困難がありました。